初海外取材を終えて、コミュニケーションについて思うこと

約10日間のオーストラリアのワイン産地の取材を終え、疲労と安堵でくたっとしている。 
シドニーから入りハンター・ヴァレー、キャンベラ(ACT)とまわり、メルボルンを経由してヤラ・ヴァレー、最後にナチュラルフードとワインの祭典「Rootstock Sydney」で〆とかなり盛りだくさんの内容で、もう身体の細胞の隅々までオーストラリアワインがしみ込んだといった感じだ。

常に海外を飛び回っているような敏腕ジャーナリストと違い、若輩者の私にとって今回は初のオフィシャルな海外取材。これまで学生時代のバックパッカーから始まり最近もプライベートで海外には出ていたが、ノリでボディランゲージで乗り切るのと仕事でいくのでは、当たり前ながら訳が違う。

はじめの3、4日間は英語で思うようにコミュニケーションを取れないのがかなり応えて、精神的に辛かった。

「オーストラリア上陸から4日目、Hunter Valleyからキャンベラへやってきました。ワインオーストラリア率いる韓国、シンガポール、イギリスのプレスと一緒にワイン産地を回っています。

英語で堂々と意見を言う活発なメンバーのなかで控えめな自分の性格がとことん憎らしく内心歯がゆく悔しい思いをする毎日。謙虚というのは美徳ですが、ことこのような国籍ミックスのグループでは 弱みでしかありません。
質問も議論もできなければいないのと同じ……
と心が折れそうになるたびおいしいワインに励まされています。
頂いたチャンスに感謝しつつ、なんとか心の鍵を開けてオープンにならなければ。

“No Guts No Glory….”
すばらしいハンターセミヨンを作るThomas Winesのタンクにかかれていた言葉。今の自分にぴったり。」


Facebookでこんなやや泣き言混じりの投稿をしたところ、
1回は何でもいいから質問するといい、悔しさをバネに次のステップへ……etc、おそらくこれまで幾度もの試練を乗り越えてきたであろう人生の先輩から、共感と激励のコメントをいただいた。それで、後半になるとメンバともだいぶ打ち解けてきたこともあり、食事の席でも少しは輪に入れるようにもなっていったし、なんというか、慣れた気がする。 
「私はわからないから」と蚊帳の外みたいな顔でしらーっとしているのではなく、少しでも聞き取ろうと耳を傾け、かんたんな単語や感嘆詞でいいから反応を示すことが大事、と思った。


告白すると私はちょっとコミュ障のきらいがあり、コミュニケーションについて悩むことがよくある。

英語で自由に話せないことが問題なのかと思ったが、実はそうではない。
だって、たとえ日本語でも普段から口数は多くないし、7−8人くらいの輪に入ると会話に加わるよりその流れを見ていることの方が多いくらいなのだ。それから質問が少ないというのも、前職の上司から斎藤孝さんの『質問力』という本を貰うくらい、日本でだってできてなかったことなのだ。英語のせいにしちゃいけない、と今回もあらためて思う。

ただ……よく弱点を克服するよりも、強みを伸ばしたほうがいいというけれど、これからも海外のワインピープルと情報交換したり、ワインの最前線の場にいたいなら、英語で発信ができる、自分の意見が堂々といえるというのは、必要不可欠なこと。とくにDiplomaを目指すなら、苦手とかいってる場合じゃない。 
(とはいっても、ワインのコメントに関しては、WSETで勉強する前よりはだいぶマシになったことは確か→3年間でワインのコメントはここまで変わる!私が英語受験を選んだ理由

今回一番大変だったのは、私をこのツアーにピックアップしてくれたワインオーストラリアのTさん(日本人)だ。私の通訳だけじゃなく、皆のホストとしてナビゲート、会話の流れづくり、気を使うところがたくさんあるなかで、その会話をほぼ同時通訳するのはいくら頭がよく処理能力の高い彼でも至難の業、聖徳太子だってきっと無理。もっと実力のあるライターやジャーナリストだったらやりやすかったろうに、それでもこうして未熟な私にチャンスを与えてくれたことに、心から感謝をしている。

最終日のRootstock Sydneyにて、以前からお会いしたかったシドニー在住のDip WSETのフロスト結子さんと。まんなかは日本でも人気のSmallflyのワインメーカー。


ユウコさんに通訳としてサポートして頂いたのは棚ボタ的に嬉しかったこと。さばさばとした姉御肌で気持ちのいい方&通訳もわかりやすく助かりましたが……次回は通訳無しでいけるように頑張る!