ショートスリーパーへの道?

1日はなんでこんなに短いんだろう。あっという間に朝がきたと思ったら、気づけば日付が変わっている。
1日がもっと長かったらいいのに……そう思って、お友だちがおすすめしていた本を買った。

睡眠の常識はウソだらけ (フォレスト2545新書)
「睡眠の常識はウソだらけ」。

「理想の睡眠時間は7〜8時間」「ショートスリーパーは短命」 「美肌のためには22時〜26時のゴールデンタイムに寝ないといけない」などという睡眠の常識をことごとく否定する本。つまりは短眠でもオッケーよ、という本。 

前世は猫だったと思うくらいに寝るのが好きな私が、ついに短眠の本に手を出すなんて、よっぽど切羽詰まっていると言える(笑)。

ひと通り読んで、三大欲求(食欲、睡眠欲、性欲)は抑え気味の方が良い、というところに「まぁ、それができれば苦労しないよね」とツッコミを入れつつ、確信した。

1日45分睡眠はぜったいムリ(筆者は45分以下睡眠を続けているそう)。

でも、それで生きている現代のナポレオンみたいな人もいるんですよね。

 
元陸上選手のタレント、武井壮さんも45分睡眠だとか。
お友だちのライターの松崎美和子さんが書いたこちらの記事を読みました。

7年間、毎日3時間の自分磨き。武井壮が編み出した「選ばれる人になる方法」

45分睡眠というところは主題ではなく。 
武井壮さんが、芸能界という厳しい世界で生き残るために、”スペシャリスト”ではなく”スーパーゼラリスト”を目指して1日3時間を自己研鑽の時間に当てる生活を7年間続けてきたことが紹介されています。

私がハッとしたのは2点。

まず1つ目は、スーパーゼラリストを目指すという潔さ。 
今の時代、なにか1つの技術に飛び抜けた人が尊敬されやすい気がします。
芸能人やアスリートしかり、職人もそう。

だけどいろんな軸を持っていて、それを波紋みたいに広げていくゼネラリスト、という生き方もある。 それを徹底的に目指すというのもある意味、立派なスペシャリストだと思うのですが。

なにかのスペシャリストになりたくて、でもどれも中途半端で、なんだか「器用貧乏」みたいになってしまっている私には、潔くスーパーゼネラリストを目指す、という生き方がとてもかっこよく映りました。

もう一つは、「勉強」というものの捉え方。

「1日3時間も続けられない!それができるのは、メンタルが強いから」
そう思うのは、勉強=苦しいことという前提があるから。 
武井壮さんは、「勉強=自分を磨くギフト」だと捉え、それを自然に続けられるシステムを作ることが重要といいます。

うーん、ここなんですよね。
別に誰からも強制されているわけでもなく好きで勉強している、そして勉強できる環境にいるのはありがたいことなのに、それが苦行のようになってしまっている私。割いた時間に対してバックも少ない(=効率悪い)のも当然。 
じゃあ、辞めちゃえば?っもう1人の私がたびたびささやいてきます。

好きでやっていることが辛くなってしまっているなら、学ぼうとしていることが今のじぶんに必ずしも必要なことではないんじゃないか。

例えば、好きな人なら夜中でも会いに行きたくなるみたいに、頭で考えなくても心底「やりたい!」と思えることが他にあるのなら、そちらに突っ走ってもいいのか。
それとも、すぐに自分が「快」と感じる方へ走ってしまうから、いけないんだろうか。 
このあたりのエネルギーの配分が、わからない。
自分のことなのに、なんで自分がコントロールできないんだろう。
自分の精神くらい自分でコントロールできるようになりたい。



(↑いつでもネミいです)

この記事を書いてるのは午前3時。
3時までは勉強できないけど、楽しいことなら3時まで起きていられる。
勉強=楽しくなったら確かに最強。それもまた才能。