「暮らすように過ごす」非日常

少し早い夏休みで、スペインバスクを訪れた。毎年通い続けて気づけば4度目。夏休みの行き先の定番となりつつある。

今回の我が家のテーマは「暮らすように過ごす」。
世界のベストレストラン50のビルバオ開催(記事)に合わせて人が集まり賑やかな滞在となった昨年から一変、今年はレストランの予約もほとんど入れず、ゆったりゆっくり過ごした。

(サンセバスチャンで借りたアパルトマンのコンサバ具合……!)

オフホワイトの皮のソファに焦げ茶基調のインテリア、シャンデリア、所々に置かれたブロンズ像。テーブルの上には謎の鴨の置物。二人には広すぎるダイニングテーブル。生涯こういう家には住むことはないだろう、と笑いあったコンサバな部屋での擬似生活。

そして「暮らすように過ごす」で実際にしたことといえば、

朝、海辺を散歩して、カフェのテラスでコーヒーを飲む、朝食をゆっくり食べる、海で日光浴をする、スーパーで買い物していっしょに料理して食べて、食後には残ったワインを飲みながらテレビを見てみたり……
ときには近くに住むお友達とバルホッピングしたり。

これって、東京での暮らしではやらないことばかり。
なんだ、暮らすように……っていって、”非日常”じゃない。

忙しなく日々を過ごしていると、一番に切り捨ててしまいがちなのは、こうした、何でもない時間。
普段の暮らしでは、「無駄な時間」をいかに排除して効率的に24時間を過ごすかに苦心している気がする。
1分でも多く○○したい、1秒たりとも無駄にしたくない
(できているかは別として、気持ちの問題。それで疲れて効率が悪かったりする)

そうして削られていくのは、ゆとり。無駄なんかじゃなく、すごくぜいたくな時間だ。
そこを削ってまで得たいと思うものには、どれほどの価値があるのか。
大切だと思うなら、迷わず進むべきだけど、めりはりはやっぱり大事。

コンチャ湾を眺めながら、そんなことを考えていた。
ふだん失いがちなゆとりを楽しむこころを、取り戻すような旅もたまにはいい。