「ラビリンス」と放浪

「若い頃は地を這うような旅をしていた」知人が絶賛していたPVを見た。MONDO GROSSOの「ラビリンス」。たまらなく旅人心をくすぐられるという。

ラビリンス、迷宮。撮影は香港で行われたそうだ。
はじめスマホで見たときは良さがわからなくて(知人がおすすめするように)PCで再生して、なるほどねと納得。でもmac book airの画面じゃ小さい。もっと大画面で見たい。映画みたいに浸りたい。

絶賛されている満島ひかりのダンスや歌、ノーカットといわれる映像。
ダンスは「ラ・ラ・ランド」の振り付けをしたジリアン・メイヤーズ氏が担当らしいが、ほんとに振り付けどうりに動いてるのだろうか……すごく自由にみえる。音楽さえも無視して踊ってるようにみえる。むしろ踊るよりも身体を自然にまかせて揺れて動いているよう。独特の「浮遊感」がある。

動きのなかで、満島ひかりが夜の闇に走り出すような動作をする場面がある。そこに共感した。

きっとそれは、人々が寝静まった深夜、誰もいない道路の真ん中を歩く感覚。別に異国でなくても日本でも同じで、その瞬間はなんでもできそうな気がしている。
でもそれは車が来ない夜だからできることで、朝になれば社会の一員として大人しく舗道を歩くのだ。
ラビリンスをみて感じた寂寥感はこの感覚に似ていた。


だけど完全なる自由には不安を覚える。 
終りのない放浪の旅にいく勇気のある人がどれだけいるだろうか。
自分自身の20代の旅を振り返ってみても、
帰る場所があるからこそ放浪感を楽しんでいただけのように思う。

いま物理的に放浪の旅をしたいのだろうか……それを考えたら、答えはノーだ。
もちろん憧れるし妄想もする。でも失うものを考えたら今はまだしたくない。

そんなことをまたうじうじと考えながら路子先生のホームページを整理してたら、この記事を見つけた。
■大庭みな子■「放浪したい人間」

なんて今の自分にぴったりの記事なんだろう……こういう瞬間が嬉しい。

自分は放浪する人間か、放浪しない人間か、放浪したい人間か。
このときの路子先生と同じく、私も放浪したい人間なんだろう。

なにも物理的にでなくてもいいのだ、魂は自由でありたいと強く思う。
そして長い目でみたら、そちらのほうが難しいのかもしれない。