木綿のきものは性に合う

さいきん、木綿の着物に惹かれている。先日は「染織こだま(以下、こだまさん)」の木綿展へはじめて足を運んだ。 
宮崎発のこだまさんは、木綿や綿麻、ウールなどカジュアルきものを中心に扱う「町のきもの屋さん」。きもの仲間におすすめしてもらった本『きものは、からだにとてもいい』(三砂ちづる著)のなかで、ふだん着物のお気に入りとして紹介されていて存在を知った。
オンライン販売もしているが、できれば実物を見て選びたい。幸いこだまさんは日本全国を巡回し、木綿展を開いている。四月に東京にくるというので、数ヶ月前からその機会を楽しみにしていたのだった。


吉祥寺のビルの1F、小さなスペースにはぎっしりと着物の反物や帯が並び、伊勢木綿、片貝木綿など、大まかに分類されている。価格も基本的にリーズナブルで、品定めする目につい力が入る。
店内には着物姿のお店の方が何人かいて、アドバイスもしてくれる。そのうちの1人、こなれた着物姿に風格が漂う職人らしき男性にこちらから声をかけてみる。 
「夏物の着物を探してるんですが……」。 
少し間を置いたあと、「コレだね」と一本の反物を取り出してくれた。

それが片貝木綿の綿麻の反物だった。麻が入っているので涼しく、盛夏の着物としても、浴衣としても着れる。他にも何本か抜き出してくれたが、最初の一本があまりにもぴったりと自分に合ったものだから、ほかのものもすてきなのに、なんだか霞んで見える。長年、客と着物と向き合ってきたであろう慧眼に感嘆しつつ、迷わず仕立てをお願いしたのだった。

さらに驚いたのは、ただ仕立てるだけでなく、柄の出し方まで選ばせてくれたこと。「こうすると、襟の部分に黄色とピンクが……」「反対にすると、衽に緑の線がすっと入ってかっこいい」など言いながら、自分のイメージにあった仕立て方を決めていく。これまで着物を仕立てることはあっても、そこまで聞かれたのははじめてだった。


(ここまででざっと10分)
さて用は済んだ。だけど、なんだか名残惜しい。しばらく店内をぶらぶらしていると、先の職人さんが「アンタみたいな若い子に着てほしい」と案内してくれたのが、久留米絣だった。
福岡の南のほう、久留米の特産織物。派手さはないが、年配の方が着れば小粋に、若い人が着ればすっきりと着れる、その人の個性で雰囲気の変わる着物だという印象がある。

安価な機械織のものでも十分にかわいらしいのだが……これは一級品、と見せてもらった手織りの久留米絣に、一目惚れしてしまった。


その道50年、久留米絣と向き合ってきた伝統工芸士、小川内龍夫さんの作品だという。うつくしい藍の色。模様の細かさも群を抜いている。お店の方は、「模様を織り出すときに糸を括る人が上手でないと、ここまでの柄にはならない」という(久留米絣はこの「糸を括る工程」が肝ともいっていたが、いかんせん久留米絣の製法に明るくないので、いまいちイメージがわかない)。

これが着物になったら、さぞみごとだろうなぁ……、と思いつつお値段をみると、目が飛び出る価格。だけど気の遠くなりそうなエネルギーと時間が織り込まれた作品に、「高い!」というのは失礼というもの。
いまの私には高嶺の花だったけど、いつか落としてみたい。ふだん着でよいものを身につけるって、それこそ贅沢だと思うし、見えないところに贅を尽くしてきた日本人らしい。だけど、「小川内さんもいつまで作品づくりを続けられるかわからない」とおっしゃっていたから、袖を通せるか否かも、縁なのだろう。

木綿のきもの。ぱっとみて豪華で華やかなハレの着物ではない。
だけど丈夫で着れば着るほど体に馴染む、肩肘貼らないきもの。性に合う。

きものは、からだにとてもいい (講談社+α文庫)