昔きもの~現代KIMONO、もう抜け出せない着物沼

きもの

成人式やセンター試験の日は悪天候の年が多いが、今年は初釜の茶事が成人式と重なり、よそゆきの着物で外出する日に雨に降られた。夜になると雨が深まるというので、早々に帰ったほうがいいと思いつつも、行きたいところがあった。
横浜そごう美術館で開催されていた「池田重子横浜スタイル展 昔きもの~現代KIMONO」の最終日だったのだ。


池田重子という名は、大正ロマン着物が好きなら、聞いたことがあるかもしれない。
月に1度は正装して家族で歌舞伎に出かけるような裕福な家に生まれ美的センスを幼少期から磨き、その審美眼を生かして着物のコレクター・デザイナー・コーディネーターとして活躍した(1925〜2015年)。着物姿でメディアに出ることの多い美容家のIKKOさんも、「池田先生のおきものしか着ない」と公言するほどのファンだ。

長い歳月をかけて集めた着物コレクションの多くは明治から大正、昭和初期の貴重なもので、小物も含めて1万点以上にのぼる。
そのコレクションから生み出したコーディネートを展示する企画展は、1993年以降全国の百貨店で開催され支持を集めてきた。私は見るのははじめてだった。

最終日だからか、それなりに人も入っていて、雨にも関わらず着物姿の人も多かった。
三十代後半くらいか、着物の裾を通常より10センチほど短く着付け、足元は黒い革のブーツという女性がいた。黒っぽい絣の着物に、貝の口に結んだ半幅帯姿。半襟はたっぷり見せて大正風に。ワンレングスのボブで、現代風な着こなしがよく似合っている。こういう風に、着物を自分スタイルで楽しんでいる人を見ると、着物仲間を見つけたようで嬉しい。

……と脇見をしつつ、展示は重い腰をあげて行ってよかった、と思えるものだった。

「美意識」と「着道楽」を蒸留したらこのようなコレクションになるのだろう、うっとりするような着物、帯、小物のオンパレード。羨望を通り越して雲の上を垣間見るような気持ちだった。 
頭の芯が溶けて、涙腺が緩みそうになる感覚は、いい芸術に触れたときの反応とまったく一緒で、その世界にすっかり酔ってしまった。



(翌日さっそく図書館で関連本をごっそり借りて眺めている)

会場には、一式着付けされたトルソーが、かなりの数。想像以上に見ごたえがある。

横浜で生まれ育ち横浜に愛着があった彼女ならではの地元愛は、青海波や船や、港町を照らす灯のモチーフとなって着物で表現されていた。 
帯留めのコレクションも充実していて、「手のひらの芸術」として帯留めをこよなく愛した池田重子さんの帯留め愛が伝わってきた。コーディネートのほとんどに帯留めが使われていたことが、そもそも驚きだった。

日本のおしゃれ 帯留―池田重子コレクション

単純に着物や小物が美しいという以上に、美しいものをとことん追求する信念(執念といえるかもしれない)を、その場から感じた。
展示品は、一貫した美意識のもとに選りすぐられたコレクションのなかから、さらに厳選されたものだ。ふるい着物にはなんともいえない味があるけれど、ふとするともったり古臭くなることもある。池田重子さんのコーディネートは、昔の着物、帯、小物を粋に組み合わせた、「遊び心」にあふれる着姿で、「このままそっくり着て出かけたい!」というモダンさがあった。


婚礼の衣装や柔らかもの(小紋や色無地、訪問着など、染めの着物)も多くあったが、ご自身は柔らかものは好きではなく、結城紬をこよなく愛し、江戸小紋の一着も持っていなかったと著書にある(『池田重子コレクション 日本のおしゃれ展』)。 そのあたりに、彼女の美意識があらわれていると思った。

小紋よりも訪問着のほうが格が高いように、着物には格がある。格や値段で着物の価値を見る人も多いように感じる。 
池田重子さんは、着物を格や値段ではかろうとはしなかった。宝石のついた帯留めは美しいから好きだが、気に入ったモチーフがあれば、カフスボタンでも箸置きでも帯留めにしてしまう柔軟さがあった。 
結城紬を好きなのは、小さい頃に父親の袂を触ったときの心地いい感覚を覚えていたから(それが結城紬だったと後で知った)。 
ただ結城紬を代表とするいい織りの着物はうん十万もする高級品だ。それなのに、結婚式などの正式な場には着ていけない。だから結城紬を多く持ついう事は、私からしてみれば、超贅沢な、究極に贅沢な「遊び」なのだ。

とくに結城紬と更紗の組み合わせを好んだというが、「異国への憧憬」「異国に思いを馳せて」と題して展示されていたインド更紗やジャワ更紗の帯や羽織も、唸るほどみごとだった。



(『池田重子コレクション 日本のおしゃれ展』より)

写真はないけれど、芭蕉布にアフリカの綴れ帯は、そっくりそのまま身に付けたいほどの粋なコーディネート……と思いかけて、ふと思ったのは、「これは七十代以上でも着れるな……」。

2巡目を見終えて、心に浮かんできたことは、「もっと、今だから着れる着物を楽しもう」ということ。 
今回とくに惹かれたのが更紗や、芭蕉布にアフリカ布の組み合わせだったように、私はちょっと好みが渋い。だけど展示されていたような、昔ながらの大胆な「ハイカラ」な街着だってもちろん着てみたい。それは、いま私が「30年後にはこうなっていると良いなあ」と憧れている還暦になってからだと、おそらく似合わない。



(写真はそごうのHPより借用)

シンプルなものに惹かれ、白衿が一番、とふだん凝った半襟もつけないけれど、まだ冒険もしてないではないか。

白いフワフワを肩に揺らしながら、華やかな晴れ着に嬉々としている若い女の子たちを横目に、
もう立派に三十路だけど、達観するには早すぎるよね、と思いながら帰路についたのだった。

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