絆とあこがれ、どちらを取るか

諸々あって、茨木のり子の詩のエッセイ『詩のこころを読む』を読み返した。

「茨木のり子」がテーマだった2月の路子サロン(レポートはこちら)で紹介してもらってさっそく購入したら、すごくよくて、これから長くお世話になりそうな予感がびしびし。平易なことばで本質をつく一冊。こういう良書に出会えるかどうかで、大げさでなく、人生変わると思う。

この本で紹介されている、茨木のり子が思う「いい詩」の数々は、現代詩にふれてこなかった私にはほぼすべて初見のものだが、頑張って理解しようとしなくても、素直に訴えかけてくるものが多い。
きっと、これから先、心動かされるポイントが少しずつ違ってくるのだろうとは思うけど、
今のわたしに強く響いたのは、永瀬清子の『諸国の天女』。


諸国の天女     永瀬清子 

諸国の天女は漁夫や猟人を夫として

いつも忘れ得ず想つてゐる、

底なき天を翔けた日を。

人の世のたつきのあはれないとなみ

やすむひまなきあした夕べに

わが忘れぬ喜びを人は知らない。
井の水を汲めばその中に

天の光がしたたつてゐる


花咲けば花の中に
かの日の天の着物がそよぐ。

雨と風とがささやくあこがれ

我が子に唄へばそらんじて

何を意味するとか思ふのだらう。

せめてぬるめる春の波間に

或る日はかづきつ嘆かへば

涙はからき潮にまじり

空ははるかに金のひかり

あゝ遠い山々を過ぎゆく雲に

わが分身の乗りゆく姿

さあれかの水蒸気みどりの方へ

いつの日か去る日もあらば

いかに嘆かんわが人々は

きづなは地にあこがれは空に

うつくしい樹木にみちた岸辺や谷間で

いつか年月のまにまに

冬過ぎ春来て諸国の天女も老いる。

古語まじりだからちょっと読みにくいかもしれないけれど、
丁寧に、よんでみてほしいな。
どれだけの女性がこの詩に共感するかな、けっこう多いんじゃないか。

「きづなは地にあこがれは空に
」。この一文。
絆とあこがれ、どちらを取るか。
どちらも取りたいのは、ぜいたくなのかな。