宮下奈都『田舎の紳士服店のモデルの妻 』

宮下奈都。「派手な事件は起きないが、市井の人が日常の中で心揺らされる瞬間に丁寧な筆致で寄り添う作家。仕事でも恋愛でも家族でも、悩みを抱える人に小さな希望を与える物語の書き手」と2016年4月21日の『日系トレンディネット』ではこう評されている。『羊と鋼の森』が本屋大賞に選ばれて一気に脚光を浴びた作家だ。

プロフィールを見ると、3人目の子どもを妊娠中の37歳のときに執筆した作品が文學界新人賞に入選し、小説家デビュー。自身が自分のことを「普通の人」と称する。
本作は、主人公は田舎に移り住むことになった主婦の10年間の変化を「0年」「2年」……と時を追って描く。作者が主人公のモデルなのでは、と思わせる(重ねて読まれることが多い、と別の著書のなかで本人もいっている)。

この本を読んだのは昨年のちょうど今頃。私は自分を重ねて読んだ。バリキャリでも美人で華やかな主人公でもなく、圧倒的なボリューム層である「普通の主婦」を主人公に据えているところに興味を持った。
「普通の人」の日常なので、確かに大きな事件は起こらないが、描かれるのはリアルな心情。共感する部分が多くて苦しいくらいだった。

p184
「主役やりたい人は家にいたらつらいやろ。病院ボランティアは脇役の脇役みたいなもんやで、どんだけ竜胆さんの好みに合うかわからんけど」
けっこう強烈なことをさらりと言う。主役をやりたい人、か。そんな風に見えていたのか。いや、当たっていたかもしれない。でも、もう降りたのだ。いつも主役でいたかった梨々子はもういない。しょせん脇役なのだとわきまえたのではなく、舞台から飛び降りてしまったような気がしていた。
ほしいものもやりたいことも何もなかった……

p205
今は、ずいぶん楽だ。何もかも楽になった気がする。
どうしていつもあんなに焦っていたんだろう。そう首を捻りたくなるのはつまり年をとったということなのか。もしかすると単純に体力がなくなって、焦ることに疲れ、少しずつ現状に慣れ、怠惰になってきているのかもしれない。
具体的な何かに対して焦るのであれば解決方法もあったと思う。でも、梨々子は自分が焦っている理由がわからなかった。結婚しても、子供を産んでも、どこか焦っていたのだ。
次に何を目指せばよかったのだろう。今だってわからないけれど、わからないまま少しずつ楽になってきている。
年をとれば身軽になれるなんて、誰も教えてくれなかった。こんなふうに何の努力もなく楽になっていけるのなら、誕生日が待ち遠しい。

p214 (デコパージュで個展を開いた東京時代の主婦仲間、筒石さんとの電話のあと)
年をとるだけじゃ楽になれないみたいだ。年をとるにつれ、抱えたり背負ったりするものが増えていく人もいるらしい。自由なはずの東京で縛られて、田舎にいる自分が少しずつ解放されていくのが梨々子には意外だった。
多くを望み、期待するから、がんじがらめになるのかもしれない。今の私は何もないから、こんなにゆるく漂っていられるのだろう。誰にも期待したくない。私にも期待してほしくない。それが自由なのかと言われれば答に詰まるが、梨々子はもう降りたかった。がんばれ、筒石さん。気の済むまでがんばってくれ。私は、もういい。

舞台から降りることで、楽になる。
もうこのままいっそ楽な道を選ぼうか……いつもその瀬戸際にいるから怖くなる。
今日も降りてしまおうかと思ったから、ふとこの本のことを思い出してブログを書いた。

田舎の紳士服店のモデルの妻 (文春文庫)